「暮らすように旅したい!」 旅のあれこれ ariruariru

勤め人ですが心は旅人。ヨーロッパ中毒気味。「言葉」が大好き。

≒(ニアリーイコール)を楽しむ言葉の世界<その20>「人見知りの旅人だからこそ「言葉」を携えて旅に出る」

「≒(ニアリーイコール)を楽しむ言葉の世界」

と題して、久しぶりに言葉のお話を。

   前回は昨年の10月でした。

      ↓

ariruariru.hatenablog.com

 

 海外旅行には行けない今だからこそ、

語学の勉強をと思いつつ、、、。


目次

 

人見知りの旅人は

私は人見知りの旅好きだ。

旅は好きだし、人には興味があるけど、

とても人見知りで、知らない人と話すのが苦手。

 

本当はおしゃべりで、いっぱい自分のことを話したいのだけど、

そういう自分を見せれるのは、とても限られた場所だけだ。

 

そんな人見知りの旅人には、「言葉」というお守りが必要だ。

と、旅をしているうちに気がついた。

人見知りじゃない人の中には、言葉がわからなくても、

いろんな方法でコミュニケーションを上手にとる人がいる。

何とも羨ましいかぎり。

でも私には、「言葉」というお守りが必要なのだ。

 

例えば日本でカフェに入って注文をするとき、

何度も行ったことがある店であったとしても、

声をかけるタイミングをみはかるのに時間を要する。

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(倉敷のイタリア料理店にて。カフェを頼むタイミングに悩む。2011年撮影。)

「なんて言おう?」「だれに声をかけよう?」

できれば、声を出さずに済ませたい。

店員さんが気づいてくれたらいいなぁ、、、

と思っている私。

 

「言葉」を携えて

もはや人見知りを克服しようとは思わないが、

いつも困ったことだなぁ、苦手だなぁと思っている。

 

では、海外の旅先ではどうか。

もちろん、海外の旅先でカフェに入ったときも、

当然私はいつも困っている。

日本のカフェと同様に。

 

声をかけるタイミングをみはかるのに時間を要し、

「なんて言おう?」「だれに声をかけよう?」

できれば、声を出さずに済ませたい、

店員さんが気づいてくれたらいいなぁ、、、

と思っている。

日本と同じだ。

 

ただ、一つ違うのは、

私が自ら声を発したくなる要素が日本よりも大きいこと。

 

言葉の世界を楽しもう

私は外国語がそんなに堪能というわけでもない。

外国語の習得にはけっこう手を焼いている。

でも私は外国語を学ぶことそのものが好きで、

その過程を楽しんでいる。

 

旅に行くときには、多少の現地の言葉を覚えていく。

それ自体が、私にとっては「旅」というパッケージの一部分だ。

 

覚えてきた単語が旅先の街角で聞こえてきたらうれしい。

スーパーの商品やレストランのメニューの中に、

覚えた単語が出てきたらうれしい。

そしてもちろん、カフェで自分が発した言葉が通じたら、

とてもとてもうれしい。

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掲示板のイタリア語が読めたら単純にうれしい。2011年冬、フィレンツェで)

 

だから旅先では、人見知りの上をいくほどの、

私には声を発する欲求と目的がある。

 

海外の旅先でカフェに入ったら、

ドキドキしながら、心の中で唱える。

現地の言葉でなんて言おうかな?

通じるかな?

伝わるかな?

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(イタリアのフィレンツェで。2011年冬。)

 

海外の旅先で、「言葉」は私に

勇気をくれるお守りみたいなものなのだ。

旅に出られない今、お守りを増やしておこうか。

久しぶりに、言葉の勉強を本気でしてみようかなともう。

 

 

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